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仙台地方裁判所 昭和43年(わ)292号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四三年九月一三日午後九時頃、かねて知合でありその前日から被告人方に来訪し宿泊中であつた大工石垣勝治(当時三〇歳)に誘われるまま、妻のけさ子と長女(当時六歳)を伴つて同人とともに仙台市東一番丁所在の酒場「民謡酒場」に行き飲食して、午後一一時頃、右長女が寝ぐずり時間も遅いので帰宅すべく石垣にもその旨促したところ、同人が酌婦と戯れていて席を立とうとしないのを見て、同人を右酒場に残して妻子を連れてタクシーで同市東十番丁五〇番地の自宅に戻り、そのまま直ぐに六畳間に入り就床したところへ、約一〇分ほど遅れて右石垣が帰つて来、被告人方の玄関に入るや「一緒に行つたのに待てずに先に帰るとはどうしたんだ」と怒鳴り、迎えに出たけさ子の弁明にも耳を借さず、就寝中の被告人のところにやつて来て、「どうして先に帰つた、くそ面白くもない。」と怒鳴つたうえ「おじ、ぶつ飛ばされるなよ。」といつて、その場に身を起した被告人を突き倒し、さらに二畳間において、踞つている被告人の脇腹を一回足蹴にする等の暴行を加えたのに対し、被告人も憤慨し、咄嗟に台所の戸棚にあつた果物ナイフ(刃体の長さ約9.5センチメートル、昭和四三年押第七五号一)を右手に握つて、石垣に向つて「表に出て話をしろ。」といつて一足先に玄関を出て、被告人方と同番地の願行寺境内まで行き、同所で、玄関にあつた男物下駄の片方を左手に持つて被告人のあとを追いかけて来た石垣と相対し、「暴力でなく話をつけろ。」と申し向けたが、石垣において、被告人の右言に耳を借さず「何を。」といつて被告人に体当りしたうえ右手で被告人の左肩部を握つて被告人を振回しながら、下駄を持つた左手で被告人の頭部等を乱打し股間を足蹴にする等の暴行を加えるのに応じ、右手に順手に握つた右果物ナイフで石垣に対し、突いたり切りつけたりして、同人に対し、前胸部に大動脈弓に達する刺創および腹腔に達する刺創、左前腕部に切創、左肘関節部に切刺創等の傷害を負わせ、よつて同日午後一一時三〇分頃、同所において、右大動脈弓に達する刺創に基く出血により同人を死亡するに致らせたものである。<中略>

(未必的殺意を認めなかつた理由)

一、検察官は、被告人は右手に持つた果物ナイフで被害者石垣の胸部を二回に亘り突いているほか右ナイフを振回して石垣の身体に切りつけている、被告人は、本件犯行当時、右ナイフを右の如き用法で使用すれば石垣が死に至るかも知れないことを認識しており且同人の死の結果の招来を意に介さずに行為にいでたものであつて、被告人は未必的殺意を有していたものである旨主張する。

なるほど、本件犯行に供された兇器は、日常どこでも目に触れる単なる果物ナイフではあるけれども、刃体の長さが約9.5センチメートルで、その尖端部はかなり鋭利であり、その用法如何によつては人を殺害するに足る刃物であり、現に本件ナイフにより石垣の死亡の結果を生じている。そして石垣の受けた創傷の部位程度も、致命傷となつた前胸部左側より肺臓を貫通し大動脈弓に達する深さ約11.5センチメートルの刺創のほか、前胸部左側より横隔膜を貫通し腹腔に達する深さ約5.5センチメートルの刺創、左肘関節部の切刺創、左前腕外側の切創およびその他数個所の表皮剥脱等の重大な創傷であり、石垣は犯行直後に犯行現場で死亡している。

これらの間接事実によれば、被告人が鋭利な刃物で人体の枢要部に強力且執拗な攻撃を加えたものとして、被告人が本件犯行当時未必的な殺意を有していたことを肯認するのもあるいは不可能でないかもしれない。

二、しかし、それにもかかわらず、本件被告人が、行為当時未必的殺意を有していたという点については、次に述べるような理由に基きこれを肯認することができない。

被告人は昭和四一年一二月頃偶々仙台市内の工事現場で東京から来ていた被害者石垣と知合い、翌四二年七月頃、石垣が暴行事件を起したことで親方から解雇されて東京に戻るに当り、親方から未払労賃の清算がなされるまでの数日間、被告人が石垣を自宅に泊めて世話をしてやつたことから、石垣もこれを恩義として被告人を慕うようになり、昭和三年になつてから五月五日頃には福島県に人夫を募集に来た序に、八月一五日頃には遊びの目的でそれぞれ被告人方を訪れて三泊し、本件犯行の前日の九月一二日にも来仙して被告人方に宿泊中であつたが、被告人・石垣とも互に手土産を交すなどして犯行当時まで一度も不仲となつたこともなく親しい交際を続けて来た間柄であること、被告人は、酒はたしなむけれども、平素から温厚で他人の面倒を良くみ、人といさかいをしたり乱暴を働く(ちなみにその種の前科もない。)などしたこともなく、同僚の大工仲間からも「酒井おじ」といわれて慕われており近隣の評判も良い人柄であることおよび被害者石垣は平素は仕事もよくする者であるが、飲酒すると空手初段実力二段であると称して人にからんで乱暴する癖があり、被告人においても石垣のそのような癖を十分承知のうえ交際し、本年八月には石垣と飲酒中に同人からコップを投げつけられたことがあつたが、それに対して若い者だからということで何ら咎めるところがなかつたことが認められる。

両名はこのような間柄であるが、本件犯行の前日(九月一二日)の夜も、被告人は石垣の依頼で名取川まで鮎を採りにいつてやりその後も仲良く飲食し、犯行当日も、被告人は仕事を休んで朝から石垣の相手をして飲酒し、岡崎守、木村忠昭ら数名の仕事仲間や知人らもやつて来て夜九時頃まで交々飲食したが、その間被告人と石垣との間には何ら相互に悪感情を懐いた形跡もそのような理由も認められない。

右のような背景的事実をふまえて犯行当時の午後九時頃以降の事実関係をみるに、そのような人柄の被告人が未必的にしろいやしくも殺意をもつて右の石垣を殺害したというには、それ相当の直接的ないし間接的な合理的な原因ないし事由が認められるのが通常であるところ、当裁判所が証拠上確認しうる両名の本件闘争の原因は、前記事実摘示欄に判示したとおりの極めて単純なものであり、被告人が石垣から右事実摘示欄記載のような態様および程度の暴行を受けたことも、被告人と石垣との従前からの交際状況および被告人が石垣の酒癖の悪いことを従前から十分承知していたこと等に照すと、被告人に石垣を殺害する意思を懐かしめるに足る事由とは認め難く、他に被告人をして、未必的にしろ石垣を殺害する意思を形成せしめるに足る決定的な事由ないしは被告人の憤激を右程度にまで高めた事由を見出すことができない。この点につき、検察官は、当時被告人は、妻子の前で石垣から暴行されて敗けているということにつき妻子の手前恥ずかしいという見栄の気持および石垣が空手初段であるので素手ではかなわないという気持から酒の勢も手伝つて本件果物ナイフを手にし被害者を誘つて自宅から外に出たが、その時に既に、被告人には石垣に対する相当の攻撃的意図が潜在的にあつた旨主張する。なるほど、被告人が兇器となつた本件ナイフを手にとる際の気持につき、検察官の指摘するとおりに被告人が供述する部分があり(被告人の司法警察員に対する昭和四三年九月一五日付供述調書第二項、検察官に対する九月二〇日付供述調書七丁裏)、また被告人が、「表へ出て話をしろ。」といつて石垣を促したことも被告人が当公判延で供述するところである。しかしながら、被告人の捜査官に対する供述調書中には、「……やられたのでその場にいつたんちぢんでしまつたのです。そのあとも二畳間の障子をどのようにしたのだつたかはずすように暴れるので私は逃げるとき流の棚にあげておいた(本件ナイフ)を持ち出して外に逃げたのです。」(司法警察員に対する九月一四日付供述調書(一一丁綴)の第七項)、「それ(ナイフのこと)を持つと心強いという気持からです。それで切りつけてやろうという程の気持もありませんでした。」(検察官に対する九月二〇日付供述調書八丁表)、「私はそれ(ナイフのこと)で切りつけてやろうとの気はなくそれを持つと心強いという程度の気持だつたのです。私は逃げようという気持であり、そのナイフで石垣に立向おうという気持はありませんでした。」「とに角ナイフは今述べたような(右記のこと)気持で持つた丈です。」(検察官に対する九月二五日付供述調書二丁表から裏)という供述部分もあり、これら供述部分と被告人の各供述調書全体および当公判廷におけるこの点についての被告人の供述とを総合すると、被告人の当時の心理状態は、石垣の被告人方屋内での暴行から逃げるという気持が強く、ただ、空手初段実力二段と自称し年も若く体格も良い同人と対等の喧嘩をすれば体力腕力において劣り同人にかなわぬし且同人の飲酒時の乱暴癖を察知していて自己に対する暴行が屋外においても継続することのあるのを慮つて屋外へ出掛に咄嗟に玄関の脇の台所の流から本件ナイフを手にしたのであり、被告人は、ナイフを手にして石垣と五分に渡り合うという気持ないしは屋外に出てから積極的攻撃に出でる腹積りで本件ナイフを準備して表へ出たものではないと認められる。妻子に対する見栄の気持というのも、子供が未だ幼く、妻けさ子も石垣の乱暴癖を承知しておつたこと<証拠略>を考えると、それが、被告人にとつて、屋内ではなく妻子の目の届かぬ表へ出ようという気持の縁由にはなつても、いまだ石垣を殺害せんとの意思ないしは屋外における同人に対する積極的な攻撃意思を裏付けるものではないし、酒の勢の点も被告人の酩酊度は精々後記弁護人の主張に対する判断の項においてみる程度であり、屋外へ出てから前記事実摘示欄記載のとおりはつきりと腕力沙汰は止めようと試みているのであるから、被告人の犯意の形成につきさほど重視さるべきものではない。また、被告人が石垣に対して「表へ出て話をしろ。」といつて自ら先に屋外へ出た事実があるが、この言動も、前に判示のとおり、その後願行寺境内において石垣に対し「暴力でなく話をつけろ。」と申し向けていることに照すと深夜屋内での同人との闘争を避けるために表へ出るべくとられた言動であるとみるのが相当であり、当時既に被告人が石垣に対する攻撃的意思を有していたことの証左とはなし難いといわねばならぬ。

さらに、本件犯行現場となつた願行寺境内における被告人の所為の態様ならびに所為当時の被告人の意思についてみると、被告人は、屋外に出てから、追いついて来た石垣に対して、ともかく一旦は、前述の如く申し向けて同人との暴力沙汰を避けようと試みているのであり、それに対して同人が被告人の意向を無視して体当りしたうえ事実摘示欄記載のような暴行を加えて来るのに応じて所携の本件ナイフを用いたのであるが、その当時の被告人の気持および所為の態様について、被告人は、終始一貫して殺意を否認しながら、「高木(石垣の別名である。)は下駄をふりまわして私にかかつてくるので私は夢中になつて持つていた出刃(本件ナイフのこと)をふりまわして高木を突いたり切つたりしたと思います。」<証拠略>「丸首シャツをつかまれて振り回されたのです。このあたりで逃げようとしてシャツを脱ぐかと思いましたがそれもできなかつたのです。その辺で私も刃物をもつて切つても逃げようと云う気持になつて刃物を振り回しあたるところをところかまわずに切りつけたのです。」<証拠略>「私も心臓を刺せば人が死ぬことがわかつておりますが心臓を狙つて刺したのでなく逃げるつもりでところかまわず切りつけたのです。どこを切りつけたかそれはよくわかりません。」<証拠略>「刃物で石垣勝治を殺す気持はなかつたのです取組合のけんかで相手から振り回されたので私もその手をはなさせようとして刃物をもつてふり払つたのですが、そのとき胸のあたりに突き刺してしまつたのではないかと思うのです。」<証拠略>「私としては心臓部を狙つて突き刺したのではありませんそのときは相手の手を振り払うために刃物を振り回したのですがどんなはずみかわかりませんが胸に突き刺してした(ママ)のではないかと思います。」<証拠略>「石垣は私の両肩付近をつかまえ七〜八米の間を振り廻しました。私は何とか逃れようとしましたが相手は握(ママ)んで離さないのでナイフで切り払つてやろうと思い右手に持つたナイフを左右に四〜五回振り廻しました。その中に石垣の手が離れ石垣は尻餅をついてしまいました。」<証拠略>「石垣は何もいいませんでしたが私は離せ離せと云い乍らナイフをふり廻しました。」<証拠略>と供述するのであるが、これらの供述を総合すれば、被告人の所為の態様は石垣に左肩部を掴まれて振回されながら夢中でナイフを振回したものであり、当時の被告人の意思も、自分を振回す石垣を離させる積り以上にはいでず、とくにそのために同人の胸部をめがけてナイフを振つたものではないと認めるのが相当である。そして、本件所為当時は被告人も(その酩酊度については後記弁護人の主張に対する判断の項参照)石垣も(同人は血液一ミリリットルにつき1.8ミリグラムのアルコールを含有した。)ともに酩酊していたと認められ、いわば、酔払同士の闘争であり、しかも一方が他方を七〜八米の間を振回しているという状況であつたのであるから、石垣の身体の二、三を超える箇所に刺創、切創、切刺創あるいは表皮剥脱等軽重様々の態様の創傷が生じている事実も、必ずしも被告人の石垣に対する加害が執拗であつたことを裏付けるものではないし、石垣の左胸部に深い創傷の生成していることをもつてただちに被告人が石垣に対して強力に加害する意思をもつて強力に所為に及んだことの資料ともなし難い。

さらに、本件犯行直後、被告人は石垣がその場に倒れたのを見るや直ちに最寄の文屋豊三郎方に馳けてゆき、既に戸閉されていた表戸を叩いて家人を呼び自分が喧嘩をして相手を倒した旨および至急警察に通報して欲しい旨を伝えて、また直ちに現場に引返してその場に坐り込み、石垣の身体を腕の中に抱いて、臨場した警察官から動かすと出血が激しくなる旨注意されるまで、石垣の身体を揺り動かしながら「しつかりしろ。」「死ぬなよ。」と呼びかけていたことが認められ、犯行直後における被告人のこの行動は自己の行為の結果発生した事態に対する意外さと驚愕によるものと考えられ、被告人が所為当時石垣の死という結果の発生する可能性を認識しなかつたか、少くとも同人の死亡の結果を認容せざりし事実を推認せしめる間接事実である。

以上において検討した諸点を総合すると、被告人は、「民謡酒場」から石垣を残して一足先に帰宅したことについて同人から難結され居宅内で暴行を加えられたのに対し、果物ナイフを持つて犯行現場まで出て、一旦は石垣との腕力沙汰を避けようとしたが石垣において被告人の意向を意に介せず、被告人の左肩部を掴んで被告人を振回しながら下駄で乱打する等の暴行を加えて来るのに対し、石垣から振回されながら同人から離れるべく夢中で右ナイフを振回して応戦するうち右ナイフを石垣の身体に突き刺し切りつけたのであり、被告人の所為当時被告人・石垣ともに酩酊しており且両名の闘争の態勢が右の状況であつたことにより、被告人のナイフが突き刺された部位が偶々石垣の左胸部となりその創傷も深くなり石垣の死亡の結果を招来せしめはしたけれども、所為の当時被告人において石垣の死亡の結果を予期しながらあえてその結果の発生を意に介さずに行為に出でたものではなかつたと認めるのが相当であり、本件の創傷の部位・程度の重大であることも前に判示したようそれを以つて被告人が石垣に対する未必的な殺意を有していたことを肯認せしめる事実として重視することができず、被告人の検察官に対する昭和四三年九月二五日付の供述調書中の「とにかく相手の体をめがけてという事です。」との供述記載および前出の供述調書中の「あたるところかまわずに切りつけた」旨の供述記載も、その前後の供述との関係の中で理解すると、被告人が未必的殺意のあつたことを供述したものとは解し難く、さらに現行犯逮捕手続書中の、被告人が石垣に対し、「お前に死なれると俺が殺人罪になる。」と大声で叫んでいたとの記載部分も、被告人が現に殺意をもつて石垣を殺害した真意の吐露ではなく、自己の行為によつて惹起された結果の重大さに驚愕した興奮状態で発せられた慟哭ともいうべき言葉であり、これを目して被告人の殺意を推認する事実であるとは到底認め難いところであつて、これらいずれの点も未だ当被判所の否定的結論を動かすに足らず、本件証拠を仔細に検討しても、他に被告人が所為当時未必的殺意を有していたことを肯認するに足る証拠はない。

そこで当被判所は事実摘示欄記載のとおり認定したものである。(細野幸雄 畠山郁朗 竹沢一格)

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